★ 悪魔とワルツを ―少女のように上気して― ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-6652 オファー日2009-02-11(水) 21:15
オファーPC リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
ゲストPC1 神宮寺 剛政(cvbc1342) ムービースター 男 23歳 悪魔の従僕
ゲストPC2 ベルヴァルド(czse7128) ムービースター 男 59歳 紳士風の悪魔
<ノベル>

 1.従僕氏の災難

「くそっ、見失ったか……!」
 神宮寺剛政(じんぐうじ・たかまさ)は忌々しげに舌打ちをして周囲を見渡した。
「ったく、こんな日に……暇な連中だぜ」
 自分が目標を完全に見失ったことに歯噛みしつつ、凝りもせず色々と仕掛けてくる『彼ら』に、一体そんな生き方の何が楽しいのだろう、と、呆れと憐れみめいた感情が咽喉元を込み上げる。
「まぁいいか……とりあえず、待ち合わせの時間には間に合ったしな」
 今日は二月十四日。
 千数百年前に殉教したキリスト教の聖人、聖ウァレンティヌスの祝日で、英米では恋人同士がカードやプレゼントを贈りあう日として知られているが、日本では特に女性の方から愛を打ち明けられる一大イベントとして、チョコレートを贈ることが盛んに行われている日だ。
 その、男女双方がソワソワする日に、剛政は、友達と言い切るには少々気になる女性、リカ・ヴォリンスカヤから、『楽園』でお茶をしないかと誘われ、待ち合わせ場所へ向かっているところを、主人にして恩人である――剛政自身は断じて認めたくないのだが――悪魔ベルヴァルドと敵対していると思しき悪魔に襲われたのだった。
 不意打ちから体勢を整え、何とか撃退し、止めを刺そうとしたところで逃げられ、追いかけたのだが、待ち合わせ時間が近づいていることに気づいて躊躇っている間に見失ってしまったのだ。
「さて、リカは……っと」
 銀幕市民公園の一角で立ち止まり、ぐるりと周囲を見渡す。
 リカは、大女優SAYURI歓迎パーティーで一緒にダンスを踊ったのがきっかけで親しくなった女性で、色恋にはそれほど積極的でもない彼にとってもちょっと気になる相手だ。
 料理や菓子作りはそれほど巧くないようだが、
「でも……一生懸命頑張ってるし、活き活きしているのがいいよな」
 剛政の中の、リカの評価は高いし、好もしく思っている。
 多分、身近な女の子の中では、一番気になっている人だと思う。
 剛政自身がそうあれるよう努めているように――と言っても剛政の人生は波乱万丈過ぎるし、邪魔者が多すぎるが――、彼女が人生を楽しんでいて、彼女という命を輝かせていることを素晴らしいと思っている。
 だから、場所がカフェ『楽園』というところが若干不安ではあるのだが、こういう日にリカがお茶に誘ってくれたこと自体は、ちょっと心躍る嬉しい出来事でもあるのだった。
 と、そこへ、
「ハァイ剛政、ごめんね、待った?」
 リカ・ヴォリンスカヤの明るい声が銀幕市民公園の一角に響く。
 何となく胸の中が弾むような気分になって、笑顔で振り向いた剛政は、
「てめぇ……」
 怒気を滲ませてリカの背後を睨み据えた。
 剛政の剣幕に驚いたのか、リカが眉をひそめる。
「どうしたの、剛政? ちょっと遅刻しちゃったの、怒ってるの?」
 この日のリカは、華やかな模様がプリントされたフレアースカートと、清楚なお嬢さん風のブラウス、そして落ち着いた色合いとデザインのシンプルなカーディガンで装っていたのだが、スレンダーで凄味のある美貌の持ち主であるリカに、残念ながらそれらはドン引きするほど似合っていなかった。
 リカがここに来るまでに、すでに彼女を目にした十数人の男が目を剥いたり後ずさったり口に含みかけていたコーヒーを噴いたりしている、ということを剛政は知らないし、そもそも彼はあまり外見や服装などには頓着しないので、リカの衣装を見ても「今日も綺麗な格好をしてるな」程度の好意的な認識だったのだが、
「どの面下げてのこのこ出て来やがった!」
 彼女の背後に、先刻取り逃がした悪魔がぺたりと張り付いているとなれば話は別だ。
「剛政待って、どうしたの……遅刻したことは悪かったけど、そこまで言わなくたっていいじゃな、」
「てめぇ……生きて帰れると思うな!」
 剛政の目は悪魔しか見ていない。
 しかも、嫌らしい笑みを浮かべたそいつが、今にもリカに危害を加えようとしているとなれば尚更だ。
「やめて、剛政……きゃーっ!」
 本気の殺意を滲ませて――敵がそこにいるのだから当然だ――殴りかかる剛政。
 リカはそれをサッと避けた後、
「た、剛政なんか……」
 潤んだ目で剛政を睨みつけ(ちなみにドキッとする可憐さというよりは、耐性のない男なら失禁しそうな迫力と言った方が正しい)、
「もう、知らないっ!」
 顔を覆ってわっと泣き出し、そのまま走り去った。
「あ、ちょ、違うんだってリカ……!」
 それでようやく、これでは自分がリカを罵った挙げ句攻撃したようにしか見えないことに気づき、剛政は焦った声を上げたのだが、その頃にはすでに、リカは悪魔を貼り付けたまま遠くに走り去っている。
「あー……」
 剛政はがりがりと頭を掻いた。
 今のは剛政の落ち度だ。
 悪魔も、リカも、放ってはおけない。
「ったく、何もかも悪いのはあいつってことか。……とっとと追い詰めて締めちまおう」
 独白し、剛政もまた走り出した。
 そして、悪魔の気配とリカの気配、双方を探りながら、リカの消えた方向を進む。

 * * * * *

「どちらが勝つと思いますか?」
「あなたはどちらに?」
「では……私は、我が従僕に」
「おや、素晴らしい師弟愛ですな。では私は、ヴートの輩に」
「ふふ、負けませんよ」
「私こそ、負けませんとも。……楽しみです」



 2.其は偉大なる七ツ罪の

「もうっ、剛政の馬鹿っ、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ。あんなに怒らなくたっていいじゃないの……!」
 リカはぐすぐすとしゃくりあげながら街を歩いていた。
 迫力美女+清楚なお嬢さん風衣装というだけでも(悪い意味で)目を惹くリカが、更に子どものように泣きじゃくりながら歩いているのだ。それで目立たないはずがなく、彼女に気づいた人々がぎょっとなり、何かの番組だろうかと周囲をきょろきょろしたのも無理からぬことだったが、当然、リカにはそんなものは目に入っていない。
「……チョコレートを渡したかっただけなのに……」
 ぐすん、と洟を啜り上げ、リカは呟く。
 バレンタインデーは、気になる男の子にチョコレートを渡して好意を示す日だ。
 彼女は鍛え上げられた殺し屋で、少女時代の大半を殺伐とした訓練や任務に費やしてきたから、一番多感だった時代、そういった甘くてふわふわとしたイベントとは無縁だった。
 だからこそリカは、この銀幕市に実体化してすべてのしがらみから逃れられ、『普通の女の子』として生きることを許されたからには、恋やお洒落、友情や楽しいイベントを満喫しなくては損だ、と思っている。
「一緒にお茶して、チョコレートを渡して、今一番気になってる男の子だって、言いたかっただけなのに……」
 しかし、ちょっと遅刻したくらいであんなに怒るほど、暴力を揮おうとするほど、剛政は器の小さな男だっただろうか?
 それは違う、とリカは首を振った。
「だったら、どうして……」
 呟いたら、唐突に脳裏を、物凄い美女と腕を組んで歩く剛政の映像がよぎった。
「今の、何……あ、まさか」
 訝りかけて、気づいた。
 リカと剛政はいい雰囲気だった。
 恋人までは行かなくても、お互いが気になる存在で、何かあったら声をかけたりかけられたりしてきた。少なくともリカはそう思っていた。
 恋に恋する可愛らしさを持つリカは、もしかしたらそのうち……などとときめいたり恥らったりしてきたのだが、実は、剛政はそうではなくて、リカのことなどどうでもよくて、おまけに他に好きな人が出来たのではないだろうか。
 だから、さっきも、あんな態度を取ったのではないだろうか。
「そんな……」
 リカの、透き通った灰色の双眸から、ぽろぽろと新しい涙が零れ落ちていく。
 バレンタインデーに失恋なんてあんまりだわ、と、年齢も周囲のことも元々の職業も忘れて泣きじゃくっていると、
「泣いているのですか、お嬢さん」
 背後に、いつの間にか、穏やかな微笑をたたえた壮年の紳士が立っていた。
「あなたのような綺麗な人が泣いていると、私まで哀しくなってしまいます」
 言って彼が差し出すハンカチを受け取り、しゃくりあげながら涙を拭く。
 ハンカチが直撃したマスカラやアイシャドウがものすごいことになったが、そんなものを気にする思考は今の彼女にはなかった。
「どうかなさったのですか? 私でよければ、話を聞きますよ」
 それが実は、さっきまで自分に張り付いていた悪魔の転じたものだということを、リカは知らなかったし、ただでさえ余裕を失っている状況で、優しい声をかけられたことに安堵して、彼女はハンカチを握り締めて俯いていた。
「わたし……失恋しちゃったの。好きな人に、好きな人が出来ちゃったのよ」
 口に出したら、また目尻に涙が滲んだ。
「そうですか……」
 紳士は上品に目を伏せ、
「大変お気の毒に思います。ですが……現実は残酷でうつろいやすいものなのですよ」
 リカを慰めつつ、
「しかし、手に入れたいもの、欲しいものがあるのなら、ご自分の力で奪い取ってしまえばいい。何より、あなたには、その力があるのですから」
 含みのある物言いをして、リカに見えないところで小さく嗤った。
 冷静に考えれば、理不尽な言葉だった。
 人を好きになるのも嫌いになるのも当人の自由だ、誰かが口を出し、無理強いすることは出来ない。剛政が彼女を本当に好きで、彼女といることを選んだと言うのなら、リカにそれを止める権利はないのだ。
 しかし、ぐちゃぐちゃに乱れてこんがらがったリカの思考に、それはとても魅力的な案のように映った。
「そう……そうよね……」
 リカはゆらりと頷き、周囲を見渡した。
 タイミングよく――いや、悪く、と言うべきなのか――、剛政と、彼の腕に自分の腕を絡めた美女とが、こちらへやってくるのが見えた。
「欲しいものは、自分で手に入れなきゃ」
 剛政が自分に向かって何か言っている。
 リカに、恋人を見せ付けに来たのだろうか?
 そう思ったら、もう、たまらない気持ちになって、リカは走り出していた。
 その両手には、鋭いナイフが輝いている。

 * * * * *

「おやおや、面白いことになってきましたね」
「本当に。ヴートの輩も、なかなか面白いことを考えますな」
「さて……我が従僕は、どう出るでしょうね」
「……勝ちは譲りませんぞ」
「ふふふ、私もですよ」
「しかし……人間の感情とは興味深いものです」
「そうですね、私たちには、なかなか理解出来ませんが」



 3.災い転じて福となす?

 明らかにいつもと顔つきの違うリカが、ナイフを閃かせて女に襲いかかったのを、剛政は身体を張って防いだ。
「おい、どうしたんだよ、リカ! 何か因縁のある相手なのか!?」
 女は、リカを追いかける道中、倒れているところを助けただけの関係で、「怖い」とか「ひとりにしないで」と言うのを無下にも出来ず、くっつかれているだけのことなのだが、彼女を攻撃するリカの鬼気迫る表情に、映画の中で敵同士だったとかそういう相手なのだろうかと剛政は思った。
 しかしリカは、怯えて剛政にしがみつく――そのくせあまり怖がっていないように感じるのは、時々彼女が漏らす嗤いの呼気が感じ取れるからだ――女を、火を噴くような眼差しで睨みつけ、ナイフを閃かせるだけだった。
 一体何があったのかと思っていた剛政は、
「その人から離れて! そんなにくっつくなんて、許せない……!」
 リカのその台詞に、ようやく、何となく理由が判ったような気がして、彼女を制止するべく片手を挙げた。
「ちょっと待てリカ、こいつはさっき助けたってだけで、別にそんな……」
 気恥ずかしい話だが、リカは、剛政が女を連れていることに対して嫉妬しているのだ。それで、我を忘れて、彼女を攻撃し排除しようとしている。
「リカ、まず落ち着けって、説明するから!」
 だが、リカは止まらない。
 ナイフが鋭く空気を切り、風を生む。
 般若のようなリカの表情と雰囲気の中、彼女が泣いているような気がして、剛政は、
「わたしの大事なものを奪おうとするヤツは、死んでしまえばいいのよ……!」
 やはり、泣き叫ぶように言ったリカが、ナイフを構えて突っ込んで来たのを、両腕を広げて遮り、ナイフの切っ先が腕に突き刺さる衝撃に息を詰めつつも、リカを強く抱き締めて動きを封じた。
 つんと鼻をつく血の臭い。
 ナイフに貫かれた傷口が熱を持ち、どくん、どくん、と脈打つのを感じながら、剛政は無言で、リカが落ち着くのを待った。
「た、たかま、さ……?」
 恐らく、時間にすれば二分くらいのものだっただろう。
 剛政の腕の中で、リカが身じろぎをし、彼を見上げてハッとなった。
「わたし、今……」
「……気にすんな、何でもねぇよ」
「でも、わたし、」
「リカの所為じゃねぇって。それに、すぐ治る」
 自分がしたことに気づいて泣きそうな顔になるリカに、剛政は笑ってみせた。
 実際、その通りだと思うからだ。
 と、瞬間、リカの背後で邪悪な気配が膨れ上がり、先ほどまで壮年の紳士の姿を取っていたものが、頭に牡牛の角を持つ灰色豚の悪魔へ替わった。
 そいつは高らかに嗤うと、牙を剥いて剛政に襲い掛かろうとしたが、
「ははは、麗しい愛情という奴だが、ここで会ったが百年目だ、死んでもら、」
「うるせぇ今立て込んでるんだ来世にしろ!」
 リカ=自分の気持ちや都合>>>>(超えられない壁)>>>>敵とか悪魔とかジジイ、の法則により、若干理不尽な切れ方をした剛政が一気に力を解放し、エネルギーを爆発させて悪魔を吹き飛ばしてしまい、そこにはあっという間にプレミアフィルムが転がることになった。
「あ、あら……私は一体、何を……?」
 先ほどまで剛政にしな垂れかかっていた美女も、どうやら豚顔の悪魔に操られていたようで、不思議そうに周囲を見て、首をかしげている。
「何だ、これで一件落着じゃねぇか」
 剛政が笑うと、つられて微笑みかけたリカは、
「あっ」
 自分の置かれている状況に気づいたのか、少女のように真っ赤になってしまった。
「どうした、リカ? 耳が赤いぞ?」
「な、何でもないわ。あの……もう大丈夫だから」
「ん? ああ、そうだな」
 リカが赤面している理由には思いが至らず、少し笑った剛政が腕を解き、リカが火照った頬を両手で押さえながら剛政から一歩離れる。
 そこへ響いたのは、
「……やれやれ、してやられましたな」
「ええ、私の勝ちですね、ふふ」
 二種類の、年かさの男の声――片方は明らかに聞き覚えのある声だった――。
「よくやりましたね、従僕。私も鼻が高いですよ」
 気づけば、剛政の主人であるベルヴァルドと、彼と同い年程度の外見をした見知らぬ男、恐らくベルヴァルドの同族であろう雰囲気を漂わせた人物とが、楽しげに笑いながら傍らに佇んでいる。
「あぁ……?」
 剛政は碌でもないニュアンスを感じ取り、目を眇める。
 くす、とベルヴァルドが笑った。



 4.甘く苦い歓びの泉にて

「従僕、君も察していた通り、あれは私を狙って来た悪魔です。ヴート即ち憤怒という名を持つ大魔の一族でね、私とは浅からぬ因縁があるのですが……小手調べのつもりだったのでしょう、まずは私の下僕である君を斃そうと思ったようです」
「ああ、それでか。つーかそんなん、判ってんなら教えろよ」
「いや、なに」
「あん?」
「君が勝つかヴートの輩が勝つか、彼と賭けをしていたのですよ」
 ベルヴァルドが視線だけで隣に立つ男を示してみせる。
 男は慇懃に一礼し、
「わたくし、【火と熱波】の悪魔ラーヴァと申します。どうぞ、よしなに」
 そう言って、唇を薄く持ち上げた。
 その酷薄な笑みに、コイツもジジイと同類だとげんなりしつつ、賭けという聞き捨てならない言葉に剛政は眉を跳ね上げた。
「賭けってなんだよ賭けって! 一歩間違ったら、リカまで巻き込んでたんだぞ!?」
「それもどうにか出来ないようで、私の従僕が務まるとは思わないことです。……高みの見物とは、オーディエンスに徹するからこそ面白いのですよ」
 他人を危機に陥れながら悠然としたベルヴァルドの態度に、剛政は額の血管がぷちっと音を立てるのを聞いた。
「ふざけんな!」
「ふざけないでよ!」
 激怒したのは剛政だけではなかった。
「あんたたちのお遊びで、剛政に何かあったらどうするつもりだったのよ!」
 剛政と同時に、リカがベルヴァルドに詰め寄る。
 その言葉に、剛政はちょっとドキッとしたのだが、ここで口に出すと――たとえ筒抜けだとしても、だ――またベルヴァルドに弄られそうなので、その件に関しては口を噤んでおく。
「おやおや」
 ベルヴァルドが目を細めた。
「男女の友愛というのも、なかなかに麗しいものですが」
「誤魔化すな、俺は……」
「おふたりはデート中なのでは? ここで時間を浪費していて、いいのですか?」
「そうです、青春は短い……花は、咲けるうちに咲かなくては」
 くすくすと笑ったベルヴァルドと悪魔ラーヴァとが、思わず顔を見合わせて沈黙するふたりの姿を交互に見遣った後、踵を返す。
 その身体がするりと宙に溶けて消えるまで、ほんの数秒。
「……」
「……」
 それを見るともなく見送ってから、ふたり同時に『楽園』目指して歩き出す。
 道の途中で、リカが小さく謝った。
「ごめんね、剛政」
「何がだ?」
「……勘違いして、怪我させちゃって」
「ああ」
 剛政は頷き、
「自分の感情を素直に表現することはいいことだぜ。腹ン中に溜め込んで我慢して、イライラしたり悶々としたりするよりよっぽどいい」
 そう言って、気にするな、ともう一度笑った。
「……ええ」
 こくり、と頷いたリカの目元、頬が、薄紅色の上気し、和んでいる。
 可愛いな、と、剛政は素直に思った。
「んじゃまぁ、腹も減ったことだし、『楽園』で茶でもしようぜ。妖幻大王が来てんなら、俺、サンドウィッチでも頼もうかな」
「ええ、そうね。わたしも新作のタルト、味見をしたいし」
 それからふたり、顔を見合わせて、くすっと笑う。
 なにやら慌しい一時だったが、結果として、ふたりの距離が近づいた、悪くない時間だった、と、剛政は思った。
 その、巧くいったりすれ違ったり、甘かったり苦かったりするやりとりを、人生ってチョコレートみてぇだな、などと思い、柄でもないと苦笑して、リカと一緒に歩き出す。
 途中、ほんのちょっとだけ手をつないでいたことは、ふたりだけの秘密だ。



 なお、カフェ『楽園』に辿り着いた剛政が、リカに、「剛政、辛党だから、辛党でも食べられるように頑張って作ったのよ」と言われ、『とろけるようなクーベルチュールチョコレートを使った一口ショコラ・寿司風』なる不穏なネーミングのものを手渡され、頂にイクラやうに、本マグロの大トロや国産鰻、果てはキャビアやフォアグラが燦然と輝くトリュフチョコレートを目にして思わず沈黙するのは、今から三十分後のことである。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!
お届けが少々遅れまして申し訳ありません。

不幸な面ばかり見えているけれど、実は銀幕市でも有数の“イイ男”なのではないかと密かに思っている神宮寺さんと、凶悪な過去と可愛らしい現在のギャップが素敵なリカさんの、友達以上恋人未満の微笑ましい関係を、碌でなしなご主人様のゲームと絡めて描かせていただきました。

おふたりとも、お互いにお互いのいいところ、素敵な部分をよく判っておられる、お似合いのカップルだと記録者は思うのですが……さて、これからのおふたりは、一体どうなってゆかれるのでしょうか。

どんな方向であれ、おふたりに幸いと喜びが溢れているよう、願って止まない記録者です。

なお、いつものことながら色々と捏造しておりますので、不具合などありましたらお気軽にご連絡くださいませ。可能な範囲で訂正させていただきます。


それでは、素敵なオファー、どうもありがとうございました。
またどこかで、おふたり(+α)と出会えることを、密かに願っております。
公開日時2009-03-26(木) 19:00
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